次のお話。
大臣ヌーレディンとその兄大臣シャムセディンとハサン・バドレディンの物語
エジプト王の大臣には、シャムセディンとヌーレディンという2人の美しく賢明な息子がいました。
ある日、この兄弟はゲンカし、ヌーレディンは旅に出ます。
迷ってたどりついたのが、バスラ(イラク)でした。
この国の大臣に気に入られ、ヌーレディンは大臣の娘との結婚を承諾しました。
婿としてヌーレディンを選んだことを説明するために、バスラ中の重要な人物を招きます。
招待客たちは全員結婚に賛成し、大宴会に移ります。
あらゆる種類のお酒を飲み、膨大な量のお菓子と果物、ジャム類を食べて過ごしました。
そして、「客は暇を告げるとき、“習慣どおり”、各部屋にローズウォーターを振いた」とあります。
客が去った後、ヌーレディンはハマムに案内されます。
大臣は自分持っている衣服のなかで最も美しいものをヌーレディンに与え、入浴用のタオル、洗い桶、香炉など、あらゆる必要品をハマムに送り届けました。
ヌーレディンは浴場で身体を清め、新しい服に着替えてハマムを出ます。
ヌーレディンのイケ面ぶりは、「最も美しい夜の満月と同じぐらい」と表現されています。
ハマムは、女性だけでなく、男性も“極上”にするようです!
ヌーレディンの息子ハサン・バドレディンは、運命の糸に引き寄せられ、叔父シャムセディンの娘セット・エル・ホスンとめぐり逢います。
しかも、セット・エル・ホスンの結婚式の日に。
シャムセディンに憤慨した王は、彼女をせむし男に嫁がせる命令をしたのです。
婚礼の準備を終え、花嫁姿のセット・エル・ホスンは応接の間に現れました。
そのフーリー(天女)のような美しさ!
彼女は龍涎香(アンバーグリス)と麝香(ムスク)とバラの香りを漂わせ、丁寧にブラッシングされた髪の毛は絹のヴェールの下で輝いていました。
豪奢な着物から見事に浮き立っている両肩。
モロッコではいまでも、花嫁は結婚式前に数回ハマムに通い、全身を磨き上げる儀式が行われています。
最も重要なのが婚礼前日のヘンナの儀式で、花嫁の家族がハマムを貸し切り、女性の親族や女友だちを招待して行われます。
この儀式は、垢すり、マッサージ、キャラメル脱毛、ヘンナ(ヘナ)の入墨と1日がかり。
花嫁が身づくろいしている間、女性たちは、砂糖、牛乳、卵、デーツ、クルミといった幸運の品を取り囲んで輪になって座り、歌ったり踊りするのです。
薫香のエキゾチックな香りが漂うなか、女性たちの宴会は、夜遅くまでつづくのです。
その服装にいたっては、華麗そのもの。
獣や鳥が描かれた上着の下は、神のみぞ知りえる、高価な着物を身に着けていました。
ネックレスのひとつひとつの宝石は、王でさえ見たこともないほどの希少な品で、その価値は計り知れないほどです。
花嫁セット・エル・ホスンの可憐さを月にたとえ、「十五夜の満月と同じぐらい」だったと表現されています。
ハサン・バドレディンとセット・エル・ホスンは出会った瞬間に恋に落ち、ジニー(魔神)の計らいで、その夜結ばれます。
しかし、このジニーは、イフリータ(女鬼神)にハサン・バドレディンを昔住んでいたバスラへ連れ去るよう告げます。
イフリータは寝ている下着姿のハサンを肩に乗せて、飛び立ちましたが、途中のシリアのダマスカスに彼を置き去りにしてしまいます。
目覚めたハサンは、菓子屋に助けられ、彼の養子になりました。
一方、セット・エル・ホスンは、結婚初夜に懐妊し、ハサンとの子どもを産み落とします。
父親のハサンにそっくりの、美しく、かわいらしく、清らかな男の子でした。
あまりの美しさゆえ、この子は“アジブ”(驚嘆すべき者)と名づけられました。
この物語にも描かれているのが、愛らしい男児を悪魔から守るために、コホルの儀式です。
赤ちゃんの両眼をコホルで染め、眼力を強くするというもの。
コホルは女性のアイメイクだけでなく、こうした使われ方もされていたのがわかります。
12歳になったアジブは、祖父シャムセディンと母セット・エル・ホスンとともに、父ハサン・バドレディンを探しにバスラへ向かいます。
しかし、ハサンの母親から、息子は姿を消したと知らされます。
一向はエジプトへ戻るのですが、途中、シリアのダマスカスに宿泊します。
ここでアジブは宦官をともない、スーク(市場)のなかの菓子屋に立ち寄ります。
それはまさに、父親のハサン・バドレディンの店でした。
息子とは知らず、ハサンはアジブと宦官をもてなします。
アーモンドと砂糖、スパイスを詰めたザクロの実のお菓子を食べて満腹になった二人に、ハサンは手を洗う支度を整えます。
清潔な銅製の美しい水差しから、二人の手に香りの水を注ぎ、帯に下げていたカラフルな絹の手ぬぐいで二人の手を拭き、銀の香水スプレーに入っているローズウォーターを手にふりかけました。
さらに、ハサンは店の外に出て、麝香(ムスク)入りのローズウォーターで味つけたシャーベットが入った瓶を2本持ち帰り、二人に1本ずつ差し出しました。
アジブは、ハサンの母親に、ザクロのお菓子の話をします。
それはその昔、母親がハサンに作り方を教えたお菓子でした。
こうして、ハサンは家族との再会を果たすのです。
このお話に出てくる、「アーモンドと砂糖、スパイスを詰めたザクロの実のお菓子」というのが気になります。
どんなお菓子なんだろう…。
モロッコあたりでは、デーツに縦半分の切り目を入れて、そこにアーモンドパウダーと砂糖、スパイスを混ぜた餡のようなものを詰めたお菓子があるので、それかな、と思ってみたり。
母親が息子にお菓子のレシピを教え、それが家族の再会のきっかけとなった、というエンディングは、ほほえましいですね。