グラナダの陥落後、ヒスパノ・モレスク芸術の伝統をそっくりそのまま受け継いだのはモロッコだった。
この国は、イベリア半島から追放されたイスラム教徒移民を歓迎し、彼らがもたらす文化を学んでいく。
その中には、庭園芸術も含まれていた。
こうして、植物を贅沢に使ったアンダルシア庭園が、モロッコにも根づくことになった。
16世紀、「黄金王」と呼ばれたサアド朝アフマド・アル=マンスール王は、アフリカ内陸部にまで勢力を伸ばし、モロッコは最盛期を迎える。
ヨーロッパとの交易で得た巨額な富は、豪奢な建造物に費やされていった。
その後を継いだアラウィー朝も、芸術の発展に力を注いだ。
現在のモロッコ王室であるこの王朝は、19世紀末建造のマラケシュのバフィア宮殿をはじめ、多くの豪勢な建築物を造り、そのほとんどすべてが保存されている。
バフィア宮殿の庭園は、控え目な感じだが、アンダルシア庭園の影響を受けている。
この宮殿は、次々と増築されたため、中庭と部屋の配置はかなり不規則だ。
迷路のようにめぐらされた廊下と階段が、数え切れないほどの部屋を結んでいる。
ガイドなしでは、とても見学できない。
案内に従って、コースをたどっていく。
薄暗い廊下を抜けると、突然視界が明るくなり、庭園が現れる。
中心には白い噴水。
青と白のタイルが、床と花壇を飾っている。
4つの四角い花壇には、オレンジ、バナナ、ヤシ、糸杉、ダトゥラ、ジャスミンなどあふれんばかりの植物。
エキゾチックな植物は、官能的な香りを発散している。
バフィアの庭園は、香りも重要な要素なのだ。
中庭を取り囲むように、いくつもの部屋が並ぶ。
天井、扉、そして柱と、どこもかしこも絢爛たる装飾。艶やかなモザイク模様と緻密な浮彫に、驚嘆せずにはいられない。
この興奮をおさめるには、庭園を散歩するのが一番だ。
華麗な建物とは対照的に、庭園のトーンは抑え目で落ち着いている。
植物の種類は豊富でも、華美な花は避けてある。
さらに、植物をいっさい排除し、純白の壁の色を強調した中庭も造られている。
イスラム庭園は、誇張やひけらかしがなく、精神的な面を重視しているようだ。
神秘的であると同時に、人を癒すような優しさにあふれている。
イスラムの人々は、神と直接対話し、神の愛で包まれることを願っているという。
彼らにとって庭園とは、見せびらかすためのものではなく、心静かに瞑想し、自分を見つめる空間ということなのだろう。